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パイナパイタホーム

2024年9月5日

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鹿児島から羽田に飛び、東京とチェンマイ、合わせて1週間ほど都会暮らしをした。1年ぶりに家を飛び出し、6年ぶりに日本を出た。久々の都会は中夜明るくて、人の刺激で溢れていたけれど、やっぱり私には向いてない。


どこへいくにも、なにをするにもお財布が必要で、特に用もなく、すぐに飽きちゃう。1週間、コンクリートと電飾で十分お腹いっぱいになった。心と体は、土の空気を欲している。早く、早く土のあるところに行きたい。


日本を出る直前、たまあま友達に宿を紹介してもらった。パイナパイタホームはパーイの中心部から少し離れたところにあって、街と農村が近く、路地裏や家のすぐ隣に牛や馬がいるらしい。それを聞いて、電気が走るかのように「行きたい!」と思った。

今回の旅の最初の目的地、パーイはチェンマイからバスで3時間ほど、凡そ2000人が暮らす小さな町だ。しかしどういうわけか、年間20万人の観光客が訪れる場所となっている。バイクをレンタルすればすぐに山や滝、人気のない大自然へダイブできる小さな観光地になっているようだ。


パーイの中心街にバスがつき、バス停にいるタクシーの誘いは断り、少し歩いたところにあるバイクのタクシーを拾った。値段は倍以上違うし、バイクのほうが楽しい。バスで来た道を少し戻るように街から離れ、宿へ向かった。多分ここ!という場所に着いたけど、誰もいない。でも、なんかいい匂いがする。鼻を頼りに門の奥の方へと進むと、そこには壁のない屋根と床だけのカフェがあり、お店の人と数人のお客さんがいた。

オーナーらしきタイ人の女性が、太陽のように柔らかな笑顔で出迎えてくれた。もうだいぶ昼を過ぎてしまったけど、朝バスに乗ってから何も食べていなかったから腹ペコ。お腹がすくとなによりも嗅覚が敏感になるらしい。重たいバックパックを肩から下ろし、ひとまずご飯を食べることにした。囲炉裏の前の座椅子に腰をかけると、すぐにウェルカムドリンクの自家製のパイナップルとパッションフルーツのジュースを出してくれた。乾いたスポンジのように疲れた身体に染み込んでいき、トロピカルで爽やかな甘みが喉を癒してくれた。


カフェから見渡せる山の景色に見惚れていると、手持ち無沙汰になる間もなくご飯が運ばれてきた。メニューは黒米とオムレツ、イエローカレー。一口食べ、はっとした。この女性は只者じゃない!とキッチンにいる彼女を二度見するほど、美味しかった。舌の上に不自然な抵抗感がなく、底が見えるほど透き通った水が川を流れるように、サラリと喉を通り、胃袋へと吸い込まれていった。お腹いっぱいになり一息ついたら、なんだか実家に帰ってきたかのような心地よさに包まれた。本当に美味しいものは、食べた後腹の底から安らぎを感じさせてくれる。


彼女の名前はケロちゃん。本名はわからない。タイ語でカエルという意味だからケロちゃんとみんなから呼ばれている。

「パイナパイタホームと」いうの名前で宿とカフェを切り盛りしている。パイナパイタホームとは「自然を見ること、感じることができる家」という意味で、20年前にケロちゃんと姉のバンちゃんと2人で始めた。敷地内には1棟貸のコテージが5棟に、二人それぞれの家、カフェ、キッチン、料理教室用のアウトドアキッチン、祭壇、ヨガスペース、瞑想部屋、それにキャットハウスもある。



ケロちゃんとバンちゃんは二人合わせて20匹の保護猫を飼っていて、ケロちゃんはさらに4頭の保護犬も飼っている大の動物好き。建物のいたるところに猫のイラストが描かれていていちいちかわいい。名前とは裏腹に、ケロちゃんは猫のことが好きすぎて、びっくりした時に「ニャーーー!」と目を丸くしながら言ってしまうほど。バンちゃんはバンちゃんで、色々なスタイルの猫のタトゥーが全身にびっしり入っている。



姉のバンちゃんはデザイナーで、建築とランドスケープの設計と大工ができる。自然物を基調とした南国チックな建物に、女性らしいカラフルな内装がとてもかわいい。テキスタイルアーティストのケロちゃんがセレクト、裁縫を施したクッションやベッドがどれも素敵で、どこに座っても手触りのいい布が肌に触れていて、落ち着く。姉妹二人で一から作ったパイナパイタホームは、食と癒しの楽園のようだった。


そう、建物をもう一個忘れていた。入り口の門を潜ると正面にケロちゃんのテキスタイルショップがあって、そこで手作りの服やカバン、アクセサリー、布製のヨガマットなどを売っている。


ケロちゃんはタイ北部に住む少数民族カレン族から裁縫を習ったそうだ。宿とカフェの傍、カレン族の支援活動も行っていて、以前は雑草のように生えてるケシの花から生成されるヘロインがやめられなくなってしまった人のサポートや、公用語のタイ語の教育をしたり、反対にカレン族から料理や裁縫などの民芸を教えてもらったそうだ。現在も宿のスタッフとしてカレン族の女性と一緒に働きながら、社会的サポートを行なっている。


敷地の中には畑があって、日々料理で欠かせないハーブ、定番のマンゴーやバナナ、ライムやパパイヤの木などが至る所に混植されていてる。元々ここは何もない耕作放棄地だったそうだ。20年の月日が経ち、木々は建物を追い越すほど背を伸ばし、木々の根本には隣の家畜の糞と落ち葉や食べカスで作ったコンポストを作り、野菜たちに与えている。おかげで土は黒々と肥え、今ではすっかり生き生きとした豊かな森へと大変身を遂げている。故に様々な種類の鳥や生き物がパイナパイタホーム寄り付き、昼夜美しい声を奏でくれる。


野菜や果物を育てることだけが畑の目的じゃない。鳥や虫、菌やバクテリアたちと共生し、よりエコシステムを作ることも耕作の大切な役割だ。地球全体は無理でも、自分の手が届く範囲でより多様な生き物が暮らせる環境をつくることはできる。農作物の収穫だけが畑じゃない。集まってくる虫や鳥の鳴き声は、時に天の声のように、大切なメッセージを届け、多くの気づきを与えてくれる。


ある朝、外の専用スポットでケロちゃんがヨガと瞑想を教えてくれた。ハタヨガベースのゆったりとした気持ちのいい時間だった。よく食べてよく動くこと。病気にならないで、人生を楽しむためのケロちゃんの秘訣。カフェの入り口の木の看板には「You are What you eat…!」と手書きのペンキ文字で書かれている。毎日新鮮な野菜を中心に、たまに魚と肉を食べること。あとはヨガや散歩など体を動かすことを欠かさないこと。見慣れた言葉も実践者から直接聞くと、「そうだよね」と心底同感できる。



だいたい朝、昼、晩、3食作ってくれて、毎食目を見開いて感動していた。スパイスとハーブと野菜をモリモリ食べ、体もすこぶる元気になってきた。タイでは主食が米だったのもお腹にあっていた。ケロちゃんは、ついオフクロと呼びたくなるほど料理が上手い。子どもの頃からお母さんとキッチンに一緒に立って台所仕事を手伝うのが当たり前で、自然と覚えたそうだ。


タイでは女性は料理ができるのが当然で、婚約前に旦那さんがお嫁さんの料理を食べて、審査するのが昔からの慣わしだと教えてくれた。

ちょっとそれは厳しいなと思ったけど、家で毎日美味しいご飯が食べたいという気持ちは分かる。ただ男女問わずどちらも料理することと食べることの両方を楽しむことができたらいいと思う。もちろんたまに外食で普段作れないものを食べたり、キッチンに立つことを休憩したりするのは全然OKだけど、もし毎日外食に行っていたら絶対何かの病気になりそうだしね。



良い土を育て、良い野菜育て、それらを料理して、美味しく食べる。そして食べないところはまた土へかえす。

そんなシンプルなライフスタイルを実践し、日々自然の恵を噛み締めているケロちゃんと出会い、生活を共にし、自分の中にも同じ欲求と感覚があることを思い起こしてくれた。


異国の地でその土地のものを食べ、土を味わい、新しい大地と繋がる。これぞまさに旅の醍醐味の一つだと思った。とにかく毎日最高に美味しいものを食べたい。高級料理ではなく、心温まる新鮮な手料理が食べたい。


貪欲になるのは食だけでなく、ここタイは一大仏教国だから、できるだけ毎日寺に行って、仏とも繋がりたい。最初の予定では、パーイからさらに山の奥地の寺院に行って、瞑想修行をするつもりだったが、ケロちゃんのご飯があまりにも美味しすぎてそれどころではなくなってしまった。予定していた滞在期間は2泊日、明日まで。でも、この2日間で私の胃袋はすっかりケロちゃんに掴まれてしまい、移動する気にもなれず、あと1週間この楽園を堪能することにした。


計画に従うのではなく、その時々でどうしたいかを場面ごとに決めて行く。そうして導かれるがままにゆくのだ。




2024年9月5日

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