

せっかく大都市のデリーにきたんだからクラブへ踊りに行きたいと思い立った。
スマホで調べると、”ソーホーデリー”という箱が見つかった。デリーいちデカくて立派らしい。ちょうど週末にロンドンからPerhpayというDJを招いてイベントがあるようだ。エントランスは3000円とバックパッカーにとってはまーまーな値段だけど、百聞は一見にしかず。デリーのクラブシーンを肌で感じてこよう。
日中はひどく蒸し暑く、一歩でも外に出ようもんなら即座に汗の滝が流れ出る。常夜の巣穴といえで、一応クーラーらしき送風機もあってそこそこ快適。窓のない部屋にいることにも適応してきて、案外作業に集中できる。とはいえ、さすがに一日中地上の地下室に篭っていることはできず、洗濯とご飯を済ませるために外に出た。ランドリーサービスに行って洗濯物をあずけ、それまでの間ローカルの店でカレーを頬張った。なんで熱いのに辛いものを食べてさらに汗をかかなきゃいけないのだろう。冷やし中華かそうめんが食べたい。

洗濯屋に戻ると、私の衣服はまだぐるぐると回っていた。店のおっさんはどこかへ行ったのか、不在だったけど座って待つことにした。すぐにおっさんが戻ってきて、なんやかんやと喋り始めた。食後の一服がしたくなり、タバコに火をつけようと思ったがライターが見当たらない。忘れてきた。おっさんに”火ある?”と聞くと、”ある。ちょっとまってろ!”といい、どこかへ行った。何か手にいっぱい抱えて戻ってきたが、そこにはライターもマッチも 見当たらない。紙屑とガソリンと着火機を並べ始め、紙屑にガゾリンを染み込ませてそこに着火機を当てて火を起こす算段だ。シンプルにすごいと思った。身の周りあるものを組み合わせればライターもマッチも必要ないのか。インドは全体的に工夫する力に長けていて、あるものでどうにかする。しかし何度挑戦しても結局火はつかず、後から来た別のお客さんからライターを借り、瞬時に解決した。

ふかふかになった洗濯物を抱え宿に向かって歩いていると、涅槃の域に達してそうなおっさんを見つけ、少しの間眺めていた。涅槃とは、あらゆる煩悩が消滅し、苦しみから離れた安らぎの境地と書いてある。この人のことだ。おっさんは椅子に根を生やし、スマホを操る片手の親指以外微動だにしなかった。そもそもここは何屋なんだろう。

あっという間に日も暮れ、のんびり支度をして深夜前には部屋を出た。一際明るい大通りまで歩き、適当にリキシャをつかまた。さすがに深夜前ともなればに車通りも少なく、進む。それらしき場所に着いたが建物はクラブというより、どう見てもリゾートホテル。本当にここで合っているのだろうか。ゲートをくぐり荷物検査をして、厳正な雰囲気が漂う建物中に入ると、豪勢なシャンデリアが天井から吊るされ、ハイクラスを思わせるホテルのロビーがあった。やっぱホテルじゃん。と思った矢先、赤色のブラン菅でSohoと書かれている文字を見つけた。クラブが併設されているホテルなのか。

ロビーを横切り、ラウンジのさらに奥の角を曲がると黒いトンネルのようなSohoの看板をぶら下げた入り口の前に、セキュリティーなのかスタッフなのかびじっとスーツをやたら堅いのいい大きい人が7、8人立っていて、あまりの威圧感に近づくのを躊躇した。ゲートの前には10数人のお客が中に入るのを待っていて、その集団に紛れ一緒に待った。何があったのか知らないけど、スタッフの一人にラウンジで待っているよう指示され待機した。しばらくすると声がかかり、列に並んだ。
セキュリティスタッフにカバンから財布の中身まで全部丸裸にされ、水筒とタバコを没収された。抗議したけどダメだった。入場許可が降りるまで30分ほどかかり、ようやくリストバンドをもらうことができた。ずっしりした防音扉を両手でひとつ、ふたつ抜け、いよいよ入城した。中は渋谷大箱に似た広さで、ざっと300人ぐらいはいるかんじ。フロアも広々としていて密集度も低く、そして何より涼しい。フロア脇にはVIPルームが3箇所あり、追加で5,000円払うと利用できるそうだ。スピーカーは400✖️700ぐらいのメイン4期でサブウファーはないものの、フロアに立てばフロントと天井からしっかり音を浴びることができた。
VIPルームにはいかにもセレブという格好をした人たちが外野で賑わいでいた。でもVIPスペースは音が一番よく聞こえる訳ではないから、たまにフロアに降りて踊っては戻りを繰り返していた。フロアの中心には純粋にテクノとダンスが好きな人たちが残っていて、とても居心地がよかった。周りの評価を気にしないインド人の性分が、開放的なソーホーのフロアの空気を形作っていた。ひとりでいると、
「どこからきたの?」
と女の子が話しかけてくれた。日本人であることが分かると、彼女も以前浜松に住んでいたことがあるようで、嬉しそうにハグしてくれた。一緒に来ていた他の友達5、6人ともハグをして、
「よく来たね。」
とタバコやビールを恵んでくれたり、とにかくみんな優しくて、思いっきりアクセルを踏んで音楽に没入することができた。
他方、セキュリティーは必要以上に厳しかった。トイレに行きたいと思い、男子便所のドアを開け中に入ったけど、小便の方しかなくて、便座の個室は全部鍵がつけられ、使用禁止になっていた。するとトイレの内が持ち場の係員に、
「一度外に出て、ホテルのトイレを使え。」と教えてくれた。
もう一度入場ゲートの方まで戻り、セキュリティにトイレに行きたいと伝えが、
「ダメだ!」と断られた。
意味がわからない。排泄という理屈のない 生理的行為を拒否される筋合いはない。引き下がらず抗議をした。
すると「1度だけだぞ!」と条件付きの許可を突き出してきた。夜通し遊ぶのに一回しか便座に座ることができないというのも到底納得できなかったため、さらに抗議したけど、なぜかそれだけは許してもらえなかった。次トイレに行きたい時は帰る時、という不条理なルールを背負いながら、入念に用を済まして、フロアへ戻った。
中に戻ればそこは音楽とお酒と優しさで溢れた別世界。どこまでも最低と最高が隣り合わせで共存しているインド。
クラブはいい。久しぶりに来たけどやっぱり好きだ。フロアは社会からの支配を逃れ、音楽に支配されるための時間。思考を止め、音に身を委ねる。フロアは争いのない、与え合いの空間。音楽が人と人を繋ぎ、世界を広げてくれる。やっぱり好きなことはやめてはいけない。細々でもいいから続けるべきだ。コンポストを定期的に混ぜ、発酵を促すように、たまには頭をシェイクするのもいいもんだ。
ずっと楽しくて軽快に踊っていたら、すっかり朝の5時を過ぎていた。クラブは時を忘れさせる常夜の音の箱。ちょうどメインゲストが終わったようだ。帰ろう。みんなにハグをして、外にいるスタッフにタクシーを呼んでもらった。帰りのタクシーでおっさんがスマホながら運転をしていた。ちょっと大丈夫?と思い、覗き込むと待ち受け画面が自撮りの写真だった。自分が好きというのは大切なことだと思った。しかし、車を降りる時、べらぼうに高い金額を強請られ、しばらく言い争いをしたけど埒が開かず、結果私が折れる形になり、頗る後味の悪いタクシーとなった。自己愛も度を越すとよくないもんだ。


音楽が大好きな人に悪い人はいないというのは世界共通だ。いつの時代にも、どこの国にも、いい音楽のそばには必ずいい人たちが集まる。人間の坩堝のような混沌としたデリーの街にも、愛あふれるテクノシーンがちゃんと生えていて、一夜に限りその一葉になれたことがとても嬉しかった。
デリーのみんな、楽しい夜をありがとう。