
旅に出る。目的は一つではないが、僻地にある田舎や自然豊かな場所に行きたい。ここ4,5年作り上げてきたルーティンや日常の風景に慣れ過ぎてしまい、井の底に沈むの蛙となってしまった。日常の中の小さな感動はあるものの、一つ一つに対する新鮮さを失ってしまった。どんなにいいものでも、それが毎日続くと本当にいいのか分からなくなってしまう。新しいものを作り続けるために、今持っているものを壊して、流し、真っさらにしたい。文明も自分もスクラップアンドビルドを繰り返しながら成長していかなくちゃいけない。
場所は色々悩んだけど、円安なことと航空券の値段など予算を考えながら、まず最初はどこへいくかよりも、誰を尋ねるかと、直感で決めていく。
今回実行するのは、単なる旅行ではない。
旅と旅行は、どこかへ行くという点では同じだけど、質は全く違う。リゾート施設に行ってラグジュアリーな体験をすることや、温泉旅館で至れり尽くせりのおもてなしを堪能することを旅行という。一方、旅とは、日 常を飛び出し、見知らぬ土地で、自分とはまるっきり違う風景に囲まれた日常をおくる人と出会ったり、時に快適さよりも安くて面白そうな宿を優先したりしながら、新しい発見を求め、地球を冒険する感覚を味わうこと。計画してそれを進める部分と、行ってからその場で考える無計画な部分の割合は半々ぐらい。片道分のチケットだけ手配し、帰りはいつどこから飛行機に乗って帰ってくるかは、行ってから決める。
昨年イベントで、リシというインド人と友達になった。彼は料理を振る舞いに来ていた。彼のスパイス料理を食べた瞬間、衝撃が走ったのを今も鮮明に覚えている。今まで食べてきたジャパニーズインディアン料理とは比べ物にならないぐらい、スパイスがイキイキとしていて、食材とマッチしていた。しかし、彼はレストランでのシェフを辞め、店舗のプロデュースに注力しながら、南インドの山岳地帯でキノコ農園を始めようとしていると教えてくれた。面白そう。私は大のキノコ好き。滝ヶ原でも山へキノコ狩りへいったり、数年前から原木しいたけと原木なめこを栽培している。リシに連絡を取り、農園を訪ねたいと申し出ると、二つ返事で快く受け入れてくれた。
よし、インドに行こう。20代前半の頃からずっといつかは行きたいと思っ ていた。タイミングはいつかくると思いながら生きていたから、”今”にした。
早速インドへのチケットを調べるとタイ経由のものが多かったため、ついでにタイにも立ち寄ることにした。行くならあんまりリゾートじゃないところ。露出度の高い人たちが大勢いるビーチリゾートは、あまり得意じゃない。だから、バンコクとプーケットは却下となり、チェンマイが残った。まずはチェンマイを目指し、そこからさらに田舎へ行こうと思った。
数日後、たまたまタイを旅している最中の友人から連絡が来て、彼女は今、パーイという場所にいるという。チェンマイからバスで3時間、農村の風景と程よく観光化された街の雰囲気がよさそうだった。チェンマイは都会だから、2日もあれば十分。残りはパーイに行ってその先は考えよう。リシと待ち合わせの日は決めたから、タイは10日間滞在することにした。6月頭に出国してタイへ行き、8月頭までにはインドからお家に帰ってこよう。
海外を旅する前に、日本も旅をしたいと思っていたところ、ちょうどオーストリアに住むロシア人の友達のイギーが日本に帰ってくるという朗報が届いた。初めは彼が5月から南イタリアの田舎でポップ アップのレストランをやるというから、5月にイタリアへ行き、何らかの形でジョインしようと思っていたが、ある日突然、彼が「やっぱり日本に行く!」と言い出した。立てた計画を一度白紙にして、それなら再会の地をここ日本にして一緒に旅をしようとなった。神戸空港付近で待ち合わせ、そこから車で四国へ行き、さらに船で九州へ渡り、鹿児島の南薩摩を目指す。あれよあれよと石川県から九州の最南端まで行く、10日間のロードトリップの計画が出来上がった。
旅の予算は全部で40万円ぐらい。2ヶ月半の旅にしてはかなりカツカツだけど、貧乏旅は嫌いじゃない。不自由を不満とせず、非日常を感じるのが好きな方だ。
出発日が迫ってくるにつれ、ソワソワし出し、4日前ぐらいから荷造りを始めた。まず、絶対に持っていきたいお気に入りの夏服たちを選んだ。しかし、私は滅多に服を買わない・捨てない、大の服好き故、厳選に厳選を重ねたにも関わらず、上10着以下にすることは不可能だった。下は短パン、海パン、長ズボン、スカートとさまざまなシーンを想像し、こちらも最低限の数がだいぶ多くなってしまったが、これ以上は減らすことができず、全部圧縮袋に押し込み、スーツケースに入れた。
次に日本食とお茶。味噌は必須。味噌汁の出汁を取るために自分で育てた乾燥原木しいたけ5kgに、能登の昆布1kg。あとはお茶漬けの素と粉末醤油もいる。お気に入りのお茶を選ぶのも一苦労だった。持っているものはだいたい全部お気に入りだから、蓋椀と茶杯と茶足含め、ほぼ一式持って行くことにしたものの、食材とお茶でスーツケースの3分の1が占領された。愛用の楽器たちも忘れちゃいけない。カリンバ、口琴、鼻笛、ハーモニカ。全部いる。その他、パソコン、アイパッドミニ、モバイルバッテリー、救急セット、ヘアーケアセット、愛用しているお香など、2ヶ月半家を離れ、生きて行くのに必要なものを片っ端から集めたら、スーツケースはパンパンになってしまった。体重をかけてぐっと押し込めば、なんとかチャックは閉まった。
しばらくの間、落ち着く家とベッドとおさらばして、この重いスーツケースが家の簡易バージョンになる。いよいよ旅が始まる。2015年ぶりの海外一人旅。明日から大きな荷物を抱え、先行きの見えない長旅に出る。出発前日の夜は布団の中でも胸が高まり続け、眠りにつくことができないまま、朝を待った。
